この項目は、当組合のウェブサイトを閲覧の皆さまにイカ産業とイカ加工業に関する知識と理解を深めて頂くことを目的に三木克弘、三木奈都子両氏の著作より引用をさせて頂きました。この場をおかりして御礼申し上げます。

① 「イカ産業」の条件とは

水産業においてはマグロ産業やクジラ産業の例があるものの、漁獲量や消費量が多くてもそのような表現をしない魚種もある。そのようななか、イカに関わる生産と加工流通の広がりを表現した「イカ産業」という言葉が使われ始めたのは2009年であった[1]。「イカ産業」といわれる条件は何なのだろうか。

ⅰ) 種類の多様さ

まず、イカ類の種類の多様さである。イカは世界に約450種類が知られており、そのうち約100種類が食用として利用されている。イカの用途は大きく釣り漁業の餌、生鮮、加工に分けられるが、細かくは品目(種・属)や品質、サイズ、部位などによって仕向けが異なる。またそれぞれの供給される価格水準(値頃)や量目が変化すれば、それまでの用途や仕向けも変わってくる[2]。イカ類を対象とした養殖業の展開はないものの、多様なイカを漁獲対象とする漁業は釣り(沿岸・沖合・遠洋)・網漁業と複数あり、自動巻き上げ機をはじめとする漁具などイカ漁業を支える供給産業の層も厚い。

イカのなかでも特に多くの属・種を抱えるスルメイカ系(アカイカ科)は、用途が多様で複雑である。さらに一次加工・二次加工という多段階の仕向けがあり、各段階を結ぶ系列・下請け構造が形成されている。

ⅱ) 高い供給能力

しかも、その供給能力は高く推移してきた。日本では、かつてイカ類の原魚換算供給量(国内生産+輸入品(加工品は原魚に換算した重量で計算)が約70万トンであった。近年、国内外の漁獲量が減少し供給能力が低下しているとはいえ、それでもイカ類は比較的供給量が多い魚種のひとつにあげることができる。

その供給を支えてきたのは、産地が全国に分散し、かつ、釣り(大型・中型・小型)漁業や網漁業など多様な漁法で漁獲されてきた国内生産のみならず、アジアと南米を中心に漁獲される世界のイカ類の生産である。世界のイカ類の漁獲量は、1950年代に約50万トン水準だったものが、1960年代に100万トン水準に、1980年代に200万トン水準、1990年代に300万トン水準、そして2010年代半ばにはついに400万トン水準にまで達した。国内で主に利用してきたスルメイカの漁獲量変動が大きくても、不足する原料をある程度、海外イカで補完することができたのである。

ⅲ) 用途別の市場の広がり

イカはもともと広く分布し日本全国で漁獲されていたために、塩蔵・乾燥・水産漬け物等の多様な伝統的イカ加工食品が存在してきた。それをベースにして近年の簡便化食品の普及やイカ原料の調達範囲のグローバルな広がりとともに、イカの用途は多様化した。

イカは、魚と異なり骨や臭いがないため取扱が容易で、食べるのが苦手な人が比較的少ない水産物である。また、様々な調味料や他の食材となじみやすいため、多種多様な加工品・調理品に利用されやすい。さらに、世界的に供給量が多く、それゆえ安価でもあった。その結果として、和洋中を問わず外食・中食・給食いずれの業務筋にも利用されてきた。

このような状況下で、イカ加工における国際分業が進んでいった。イカ漁場に近い南米やアジアの国が漁獲するだけでなく、加工品製造において国際競争力を高めてきた中国では遠洋漁業を展開させてイカを漁獲すると同時に持ち帰ったイカを加工し、生鮮の冷凍品のみならず一次加工品、二次加工品を世界に販売している。

以上のようにイカは多種であり、世界の供給能力の高さと用途に応じた市場の幅広さを有している。それゆえに、イカの漁獲や加工・流通の担い手もグローバルに、階層性を形成しながら存在してきた。イカ類をめぐるこのような世界的な漁獲・流通・加工・消費の幅広さとつながりゆえにイカ産業と呼ばれている。

② 「イカ産業」の変化とそのポイント

ⅰ) イカ産業の変化

従来、国内の水産加工は、水揚地で加工する産地加工を基本としてきたものの、漁獲量の減少等により他所の国内原料、さらには輸入原料を用いた加工に転換していった。輸入原料の価格が低く維持されている間は水産加工業の経営は安定するが、輸入原料の価格が高騰すれば経営は急激に悪化する。用途に応じた市場の展開と海外イカの供給量の増加が、イカの国内生産と産地加工・産地流通に大きな影響を与えるようになっていった。

ⅱ) イカ産業の変化のポイント

時代的にはイカ類に関わる水産業(漁業、流通、加工)は1960年代以降に展開し、イカ産業と呼べるものに成熟していった。この間、イカ産業は資源と生産技術、市場が激烈に変化した。

第一に、資源については国内生産において主要なイカ類であるスルメイカの漁獲量の変動が大きいだけではなく、海外漁場で漁獲されるアルゼンチンマツイカやアメリカオオアカイカが、前者は1990年代に後者は2000年代以降に100万トン水準の漁獲量を示すなど資源状況が大きく変化した。

第二に、技術では水産業に共通する冷凍冷蔵技術や沿岸・沖合・遠洋と展開していったイカ釣り漁業の漁業技術はいうまでもないが、サキイカ加工の技術、IQF(一本凍結)技術の確立や独特の臭いを有するアメリカオオアカイカの加工技術などが特筆される。

第三に、現在の幅広いイカの用途に応じた市場は、上記の資源状況や技術の変化に伴い形成されていった。さらに近年、欧米で示されている頭足類(イカ・タコ)の需要の高まりは、イカ漁獲の環境へのダメージの小ささ(イカの成長の早さゆえ)への評価も関係しているようである[3]

このように展開してきたイカ産業であるが、日本においては2010年代半ばより変調を来している。これは主には第一に示した資源状況の問題である。国内でのスルメイカの漁獲量の減少のみならず、従来、国内でのイカ漁獲量を補完してきた海外イカも漁獲量を変動させている。近年、原料不足がもたらした原料価格の上昇により国内のイカ加工産業の構造が崩れつつあるだけでなく、生鮮品においても価格変動により一時期、急速に需要が縮小した。

さらに、終息しない新型コロナウイルス感染症の流行による巣ごもり生活のなかで、外食需要の減退とその一方での乾燥珍味等の宅飲みイカ加工品需要の増加等によりイカ製品の需要が変容しつつある。そのようななかで、不漁により不足している国産スルメイカの代替原料としては、ロシア産スルメイカやアメリカオオアカイカ等が比較的利用されている。今後もこのようなイカ産業に影響を与える要素とその影響(需要変化や原料の代替関係、価格変動等)を継続的に把握していく必要があると考えられる。