イカについて

イカ学のススメ

1. 分類上の位置

一般の人の中にはイカは魚の仲間かと思っている人はゼロではないでしょう。水産専科の人はそうではないとわかっているのに便宜上、イカの「魚群」とか「魚体」とか「魚種」という用語を使います。「イカ群」はともかく「イカ体」「イカ種」とは言い換えにくいからでしょう。
イカは軟体動物というカテゴリーに入ります。それは動物の分類学では「門」の呼び名で、動物分類の上では「節足動物門」(昆虫やエビ、カニ)「脊椎動物門」(魚から人間まで)など二十数個の門に分けられ、中でも「軟体動物門」はよくまとまった大きいグループです。軟体動物の主流は巻き貝と二枚貝に代表される貝類です。貝類とイカとが同じだと初めて聞くとかなり違和感がありますが、動物の各門を定義付ける動物の特徴を当てはめていくと(こみいった話は省略しますが)それはまちがいない事実で、イカやタコと貝類を別別の門に分けることはできません。だからひとつだけいうと例の舟形の「いかの甲」や俗に「骨」というペラペラの軟骨状のもの(軟甲という)は正確には「貝殻」なのです。

イカ類の分類学上の位置
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軟体動物には貝類のほか、一般にはあまりなじみの少ないカセミミズだとかヒザラガイなど下等なものも入れて七つのグループに分けられます。そのうちイカはタコとともに頭から直接足(腕)が生えているという独特の設計図から、「頭足類」というグループ(綱)にはいります。この綱には菊石(化石)として知られるアンモナイトや、このごろ水族館でも見られるようになったオウムガイなども入りますが、現在生きているイカとタコはそれらとは頭足類の中でも別の二鰓類(にさいるい)もしくは鞘形類(しょうけいるい)と呼ばれる仲間です。「イカ」というのはさらにその中でコウイカ類(石灰質の「イカの甲」を持つものが主流で、英語ではcuttlefish)とツツイカ類(ヤリイカやスルメイカのように細長いイカ、英語ではsquid)をひっくるめた総称で、世界中の海に総計およそ450種前後住んでいます。これはすでに絶滅したアンモナイトは二万種類以上いたといいますから、種類数としては大いに凋落したものともとれます。ちなみにタコはコウイカ類、ツツイカ類と横並びの八腕形類に入り、この方はおよそ200種内外かと思われます。

2. イカの種類

イカ類の重要3科
イカ類の重要3科

前節で述べましたように、イカは大別して、コウイカ類(分類上は目という)、ツツイカ類に二大別されますが、前者には5科、後者には28科の計33科含まれています。

深海とか、南極とかの特殊な地方や場所に棲んでいるものや、小型や稀産のため到底食用資源にならないものは市場でお目にかかることはまずありません。通常市場で見られ、食膳に上がるのは上記33科中、コウイカ科、ヤリイカ科、アカイカ科(スルメイカ類)の3科に絞られるとみてよいでしょう。日本のみではさらにホタルイカ、ソデイカ、ドスイカのように上の3科に属さない3種が食用とされますが、世界の市場に現れるイカは3科いずれかに属しています。

コウイカ科のイカは舟形の石灰質の甲をもつところから「甲烏賊」の名がありますが、日本で最もポピュラーなのは釣り人は「墨いか」、地方によっては「針いか」とか「まいか」というコウイカそのもので、胴長16センチメートルぐらいになります。この頃サンゴ礁に卵を産むシーンなどがよくテレビにでてくるのは琉球諸島の以南の島々に多いコブシメというコウイカ科の巨大な一種です。巨大といえば、房総半島以南、とくに東シナ海から東南アジア方面にかけて獲られるカミナリイカという胴長が40センチにもなるコウイカ科の一種があります。この種はコウイカ科にありがちな背中の虎斑模様の間に眼を描いたような紋が散在するので、南西日本では「紋甲いか」と呼ばれていました。

  • 軟体動物門
    • 頭足網
      • 二鰓亜網
        • コウイカ目
          • コウイカ科
            • カミナリイカ 

              東京湾以南、東シナ海〜南シナ海に分布する大型種。本来「モンゴウイカ」と呼ばれていたのは本種。

            • コウイカ
            • ヨーロッパコウイカ 

              ヨーロッパアジア大西洋沿岸、アフリカ産「もんごういか」は本種の1亜種が主体。

            • コブシメ
        • ツツイカ目
          • ジンドウイカ科(=ヤリイカ科)
            • アオリイカ
            • ヤリイカ
            • ケンサキイカ
            • ジンドウイカ
          • アカイカ科(=スルメイカ科)
          • イレックス亜科
            • カナダイレックス
            • アルゼンチンイレックス(アルゼンチンマツイカ)
          • スルメイカ亜科
            • スルメイカ
            • ニュージーランドスルメイカ
          • アカイカ亜科
            • アカイカ 

              本邦近海のムラサキイカは本種。

            • アメリカオオアカイカ
          • ホタルイカモドキ科
            • ホタルイカ 

              北海道南部から日本海西部、紀伊半島までの沖合域に分布する日本固有種。富山湾のホタルイカが有名。

          • ソデイカ科
            • ソデイカ

              日本海西部以南、全世界の熱帯域に分布する。沖縄、対馬では「セーイカ」と呼ばれ漁獲されている。

          • テカギイカ科
            • ドスイカ 

              三陸、日本海中部以北の冷たい海域の深い海底近くに生息。

        • 八腕形目
          • タコ

ところが昭和35年ごろから日本の遠洋漁船がもたらした大西洋産ヨーロッパコウイカを市場で「もんごういか」と呼び始めて以来、その名はすっかりそっちに行ってしまい、あまつさえ最近東南アジアから輸入されるコウイカ類にも「もんごういか」の名が使われて、もう今やそれは「海外のコウイカ類」を指す市場名のようになり、実体から遠く離れてしまいました。ヤリイカ科に属するイカは細長く、鰭は長い菱形をしています。どの種も沿岸を回遊し、寒天状の袋に入った卵を産みます。日本ではヤリイカ(「ささいか」「てなし」「てっぽう」などの地方名がある)とケンサキイカ(地方によっては「白いか」「赤いか」「めひかり」など)が重要2種でヤリイカは北海道南部まで、ケンサキイカは日本の西半分に漁場があります。鰭が丸いのでコウイカ類とまちがわれそうなアオリイカ(地方名「水いか」「藻いか」「ばしょういか」「くついか」など)も実はヤリイカ科で、甲のかわりにササの葉状の軟甲をもっています。ヤリイカ科のイカも東南アジアに中、小の種類が多数います。かつてはカナダ東岸や、ヨーロッパからも入って来ていました。日本の場合、定置網などに入る小型種も利用されていて「火いか」とか時には「丸いか」とか思いつきの名前をつけられてローカルな市場に出ています。

やはり大規模、大資本による大漁業は外洋性のアカイカ科すなわちスルメイカ類をおいて見られません。最近国連決議でモラトリアムになった公海流し網でとられていたアカイカ(「紫いか」)はその代表種で、日本だけで約20万トン獲っています。この科に属するイカは、11属22種ありますが、本格的漁業の対象になっているのはこのうち半分強の14種程度です。いずれも食用となるべき筋肉に富んでいて中・大型で、特に索餌期において大集群を作ります。鰭はヤリイカ科のように縦長の菱形でなくむしろ幅の方が広いダイヤモンド型で、背中に黒い線が縦走しているのが本科の特徴です。
わが国でかつては単一種で約70万トンとれたスルメイカは南西日本で生れ、北上回遊したのち南下するという1年の一生のうちに日本列島を縦断します。前記のアカイカは陸から遥かにへだたった渺々たる外洋にいますが、スルメイカは何となく日本列島にくっついた分布をするので、同じ科内でも僅かに性質が違います。

一時はニュージーランド近海、オーストラリア近海、更にはカナダの大西洋岸から、また最近はアルゼンチン沖、あるいはフォークランド諸島付近から日本の大型釣り船が出かけて行った大量の本科のイカを日本にもたらしました。それらはいずれもその場所によって種類が異なるとはいえ、なじみ深いスルメイカに瓜二つのイカたちです。業界ではどういうものか、海外のスルメイカ類を「まついか」と呼びます。日本では函館のイカ釣り船の集魚灯が幻想的な観光名物になっていますが、イカなどは「海のゴミ」と思っていたニュージーランドの人々は、昭和45年ごろ日本の遠洋いか釣漁船が大挙してニュージーランドスルメイカ(「ニュージーまついか」)を釣るため押し寄せ集魚灯によってそれまでまっ暗だった夜の海が真昼のようになって大いに驚いたといいます。またフォークランド沖で釣れるようになったアカスルメイカ(市場では「アルゼンチンむらさきいか」)は生鮮より加工用にまわされてしまいますが、それなど日本漁船が何千トンと釣るまではパリの博物館に100年間保存されていたのが世界で唯一無二の標本でした。かくして世界の“珍奇種”はもはや食糧資源になってしまったという歴史もあります。

3. イカの体

図鑑で見るとどういうわけか、イカはみなひっくり返しに描いてあって足が空を向いている、という人がいます。実はそれはひっくり返しではなく図鑑の画法としては正しいのです。カブトムシの絵などでは必ず頭が上に描いてあるように、イカやタコもこれで頭が上に描いてあるのですから。動物はいずれも眼と口のあるところが頭部なのです。イカの目はよくご存知だと思いますし、口は例の「からす・とんび」という顎板のあるところです。カブトムシの絵でも胴が下になっているようにイカの図も内臓の入っている胴体が下に描かれています。カブトムシの絵と違うところは、カブトムシの脚は彼らの腹側についているのに、イカの足は頭の前(絵では上)についていることです。頭の前に足がついているからこそ、この仲間を「頭足」類というのですが、動物界広しといえども、このような足のつき方をしたものは他に例がなく(動物の足は腹側についているのが大原則)、筆者はいつもこれを神様の最も大胆なデザインといいます。

イカの体制(モデルはスルメイカの雌)
イカの体制
(モデルはスルメイカの雌)

イカやタコの足は紛れもなく足ですが、その機能性(つまりものをつかまえる、抱く、まげ伸ばし自在)から「腕」といいます。われわれ人間の前足だってその機能性から「腕」といって誰も怪しみません。タコは八本、イカは十本と俗にいいますが、本当の腕はタコもイカも八本即ち四対なのです。それは背中(色の濃い方)から腹側(色が淡く漏斗のある方)へ向かって左右の第一腕から四腕なのです。タコの場合それで終わりですが、イカの場合は第三腕と第四腕の間から、ふつうの腕と異なり、裸の柄についた木の葉型の「手のひら」のある特別に長い腕が出ています。これを触腕といって区別します。コウイカ類ではこの触腕は生きている時は眼の下にあるポケットに畳み込まれているので八本の腕しか見えません(死ねば筋肉が緩んでだらりとのびます)。ヤリイカやスルメイカはそのようなポケットはありませんが、他の腕と同等ぐらいに短く縮めています。この腕は餌をとる道具で、釣り針もこの触腕を伸ばしてつかまえますが、イカが重いと触腕だけが切れて針について上がってきます。しかし触腕はイカの必需品かというとそうでもなさそうで、生まれた時はあっても大人になると何故か切れて無くなり八本足になってしまうタコイカとかヤツデイカというのがいるぐらいです。釣り糸にひっかかりながら触腕が千切れて一命をとりとめた大きなアカイカも、そのために餌がとれずに飢え死にということもなさそうに思えます。頭の腹側にある管は漏斗(「じょうご」のこと)といいます。それは外套口に包まれた内臓の塊の前方に生じる空所、すなわち外套腔に排泄される糞も、敵におそわれた時吐く墨も、卵一雄の場合)も精子(雄)も水もすべて出て行く総排出孔なのです。呼吸するために新鮮な水は外套膜の横の方のすき間から入り、外套腔の中にある鰓(えら)でガス交換をしますが、不用の水は漏斗から吐き出します。ポンプのように軟らかい外套膜をきつくしぼると水は勢いよく吐き出されウォータージェットになりイカを後(俗に「耳」と呼ばれるひれのついた方)へ急進させます。餌などにそっと近寄るため前進する時は漏斗を後に曲げて水を吐けば良いのです。方向転換もこれをひょっとこの口のように曲げれば自由自在で、漏斗はイカの重要な推進器官なのです。

頭にある眼は大きく、昆虫やエビ・カニのような複眼ではなく、魚の眼のような白眼・黒眼のある単眼です。高校の教科書にもイカの限はよく発達していて、人間など脊椎動物の眼に近い構造と能力があることが書かれているほど、無脊椎動物の中では最も「良い眼」をしています。イカの素早い動きは、神経節が集中肥大して頭の中の「脳」と呼んでいいほどの発達(だから「脳」は軟骨の頭蓋骨に被われてさえいる)と、この「良い眼」によって可能となったものと見られます。外套膜はちょうど頭にすっぽり三角帽子をかぶったような型でつながっています。帽子で被われた頭の後を便宜上「頸」といっていますが、イカ料理をする時、頭と外套膜を持って引っ張ると、他愛もなく内臓が引き抜けますが、この時頸のところに僅かにぷちっとボタンの外れるような抵抗があります。よくみるとまさに外套膜の内臓にあるボタンと合うボタン穴のような構造の軟骨が、漏斗の左右にあって、ここがぷちっと外れるところなのです。

外套膜の中はスルメイカなら大きな肝臓が眼につきますが、その下側に直腸と墨袋がのっています。食道は背側を通りますが、その入り口、すなわち口は八本プラス触腕、計十本の腕の中央にあります。口にはよく知られる「からす・とんび」と呼ばれる顎板があって、口の中にはミクロな「おろし金」状のリボンすなわち「歯舌」という軟体動物特有のそしゃく器官を持っています。

イカの消化管はきわめて単純で食道が後方へ走り、三角帽子状の外套膜のふくろの最後端付近にある三角形の胃に達し、すぐ前向きの腸・直腸・肛門に至ります。墨袋の開口部は肛門のすぐうしろにあって、出口に括約筋があるので自分で墨を吐くタイミングや量を調節できます。イカを腹側からさいて見ると先ほど述べた肝臓の両側に水にぬれた鳥の羽のようなえらが一対あります。イカはあんな素早い運動をする動物なので酸素がいっぱい必要となるため、もともとの心臓一個ではポンプ能力が不足らしく、各えらの根元に別あつらえのポンプ(鰓心臓という)がついています。イカを解剖しても、鰓心臓はだれにでも見つかりますが、本当の心臓はなかなか見にくく、太い血管をたどると根本にある三角形のうすい膜からできた小さな器官なのです。血管がよくみえるようにイカ・タコ類はほとんど閉鎖血管系で、貝類の開放血管系とはここでもちがいます。血色素は銅イオンを含んでいるので青い血で、時として加工されたイカの肉がうす青っぽくなっているのはそのせいなのです。

イカは神経が太いので、医動物学の実験材料に珍重され、医学関係の人がイカを飼うのにいっしょうけんめいになっている場合がありますが、それは神経を得んがためです。それを実見するのは頸から外套膜をはずすとき、背中側の、いうなれば頸の付根付近の外套膜側をみると、放射状に神経を射出した不透明の大きな神経節が見えます。小さい動物の神経や神経節をみるのは高度な解剖学で、神経だけ染めたりしなければ熟練しない人にはなかなか見えませんが、ここのイカの星状神経節は肉眼サイズです。
イカは雌雄異体です。次節で述べるように雄は種によって決まっている一本ないし二本の腕が「交接腕」に変形しているから、外から雌雄がわかるが、もっとよくわかるのは腹をさいて体の内の生殖巣をみることです。

雌の場合、卵巣は外套膜の後端の三角帽のてっぺんにあります。そして卵を外に産み出す時くるむ粘液のひとつを分泌する包卵腺という器官が見えます。それは未熟な時は糸くずのようですが、熟すと大きくなって「白子」とまちがえる人もいます。さらに熟すと輸卵管もふくらみ、ここに卵が降りてきます。雄の場合、複雑な生殖器官は左側だけにしかありません。精巣は雌の卵巣と同じ位置にありますが、そこから出た精子を連ぶ管、貯めるところ、そしてそれを精包(次節)に装填する袋、精包を作る袋など入り組んだ塊をもっています。

4. イカの一生

イカは前節で述べたとおり雌雄異体ですから、交尾して卵に受精させなければなりません。しかしイカの場合、真の交尾を行わなくても卵を受精させることができます。雄の精子は付属器官で作られる精包という、つま楊子ぐらいの大きさ、太さのカプセルにつめられています。それは漏斗から外に出るのですが、カプセルの中には精子の塊はバネ、それに相手にくっつくセメント体という粘着器が仕込まれています。雄は雌に抱きつきこの精包の引金を引いてバネによってとび出す精子の塊を雌の体に射ち込むのです。この時うっかり堅い環のはまった吸盤で精包を持とうものなら雌に届くまえに引金にふれて爆発してしまいます。それゆえ、これを雌に渡す腕は特別な構造になっていて、雌の体に届くまで精包は発射しないようになっています。その特別な腕は、コウイカなら左第四腕、ヤリイカも同じ左第四腕、スルメイカは右第四腕、ミミイカなどは左第一腕というふうに種によってどの腕か決まっていますし、その構造もいろいろあります。

コウイカとヤリイカの交接姿勢
コウイカ(上)とヤリイカ(下)の交接姿勢



いろいろなイカの交接腕と精包
いろいろなイカの交接腕と精包



いろいろなイカの卵(倍率はまちまち)
いろいろなイカの卵
(倍率はまちまち)

イカのように精子を精包につめて雌に渡す方式は、他の動物にもあります。身近なものではクルマエビやイモリなどもそうです。イカの場合、日本語ではわざわざ「交尾」ではなく「交接」という語を用いますが、英語ではどちらも区別なくコピュレーションといいます。雌は雄から受け取った精子を産み出す卵に会わせないといけないので、精子塊はなるべく卵の出る道筋付近にあるとよいのです。カナダ産の「まついか」やドスイカでは、精子塊は雌の外套腔の中、輸卵管のすぐ出口のところに射ち込まれています。スルメイカでは唇のまわり、ヤリイカでは口を囲む膜の上だから、漏斗を通じて出てくる卵とここら辺で精子が出会うのでしょうか。しかし人間の立場からは考えられない処に精子を貰うイカもいます。例えばホタルイカなどは頸の付け根、それも背中側だし、ツメイカは外套膜の筋肉に深く切り傷をつけその中に植え込まれます。

イカの種類によっては交接直後、あるいは他の種は何日かおいてから卵を産みます。沿岸でよくみられるヤリイカ、ケンサキイカ、アオリイカなどは寒天の指状の袋に入れられていますが、コウイカなどはひと粒ずつ丸い袋に入れられ、それらは集まってブドウの実のようにもみえます。沖合にすむ種の卵で知られているものは多くありません。スルメイカは直径8Oセンチメートルぐらいになる巨大な寒天質のボールの中に何千個の卵がちりばめられています。ホタルイカ卵は卵粒が一列に並んだ細い糸状のケースに入っています。クラゲとまちがえられていたソデイカの卵塊は、海の表面近くをふわふわと浮いている長さ1.5メートル、直径30センチメートルぐらいの寒天質のソーセージです。

卵から子供がかえるのは沿岸にすむ種は長く一か月から三か月以上かかるものもありますが、沖合性種は、一週間ないし十日ぐらいです。イカは卵からかえった時はもうイカの形をしています。青虫、蝿、チョウのようないわゆる変態もしないし、従って幼生期はありません。沿岸で産卵するヤリイカ類やコウイカ類はかなりしっかりした形で卵から出てきますが、沖合性のホタルイカやスルメイカのようなものは、それらに比べるとちょっと未熟児ですが、前者は大卵少数精鋭主義で、後者は小卵多数主義で、海流に乗ってひろく伝播しようという戦略をとっています。

中深海にすむイカもそうで、親になると暗黒の深海にいるのに、卵やふ化したての子供は海の表面近くにちらばっています。それは海表面の方が子供の口に合う小さいえさ(プランクトン)が多いということばかりでなく、海流の動きが活発で、子供も遠く散らばることができるメリットがあるからです。しかしこういう仲間は大きくなるとだんだん親のすむ深い方に移動し、それは「個体発生的下降」と呼ばれます。
いっぽうもともと表層性のものは、育つにつれ遊泳力をまし、群を作って回遊するものもあります。スルメイカなどは南西日本で生まれたものが、黒潮と対馬暖流の力もかりて、北上し遂には千島列島まで達して、再びもとの産卵場所へ南下回遊しますが、それを一生一年間でやり遂げるのです。
スルメイカのように日本列島のまわりに多い時では70万トン近くもとれたことがあるくらいですから、いかにたくさんいるかがわかりますが、すべての群が一斉に卵から生まれて、一斉に回遊し、一斉に死ぬのではありません。発生期を中心にして「冬生まれ」「秋生まれ」「夏生まれ」などの発生群にも分かれているし、また、群の中でも発生の時期や場所にもずれがあります。

イカ釣りはたいてい集魚灯で集めて釣るので光が好きかというとそうではありません。多くのイカは夜行性で昼間はじっとしています。(もちろんダイバーが、昼間泳いでいるのをみかけるアオリイカとか、海上をグライダーのように飛翔することが知られているトビイカなど昼間も活動している例外的なイカもあります。)
先頃まで流し網で大量にとられて「さきイカ」の原料になっていたアカイカなどは日中600メートルもの深海にいますが、日没と共に上がって来ることが、最近のテレメトリーの進歩でわかってきました。それからみるとイカは集魚灯の光が好きで来るのではないことは明らかで、事実イカがよく釣れるのは船の陰になったところで、光芒のまっただ中はかえって避けているようです。

イカ同士は前節で述べた「良い目」で認識し連絡し合うようです。ホタルイカの発光などは仲間同志のシグナルでしょう。もっとも発光の第一義的な意味は、自分が現在いるところの照度と発光の強さを同調させて自分の身を隠すことと、強力閃光で捕食者の目くらましをすることですが、ホタルイカ類のごく近似種同志でも発光器の配列、種類の組み合わせや数が異なるので、これは認識シグナルであることがうなずけます。
体色変化によるボディランゲージも目を通じての通信手段と考えられます。しかしイカの目は色を識別できないはずですから、それは人間の目に映る体色よりも、明暗のパターン認識によるものかもしれません。

5. イカの資源利用

さきに述べたように「資源」として人間が利用しているのはコウイカ科、ヤリイカ科、アカイカ科(スルメイカ類)の三大科に属するものですが、将来地球上の蛋白質供給が人口増加に追いつかなくなったら、その他の頭足類だって利用しなけれぱならないかもしれません。また、直接でないにしてもイカを常食とする大型捕食者の生産量はイカ資源の大きさにかかっているともいえます。

いろいろな学者がこれまで地球上に存在するイカ類の全資源量を最低2000万トン、最高3億トンと見積もっていますから、あいだの1〜2億トンというところが真相でしょうか。
そのうち現在の漁法、利用法で人間が、「資源」として利用しているものはFAOの統計によるとわずか200万トン強ですからその1/50〜1/100ぐらいしか獲っていないことになります。そのうち日本は自分の手で獲るのと、輸入に頼っているのと合わせて75万トンぐらいのイカを消費しているのです。
コウイカ類はかつて日本近海だけでは足らずにアフリカ沿岸やアデン湾などにまで日本漁船が獲りに行きましたが、ヤリイカ類とともにこの仲間は沿岸にくっついて生活をしているので、現在の200海里経済水域制が確立するともう合併でやるか、輸入によるしかありません。現在は日本漁船は外国でコウイカ類もヤリイカ類も獲りに行っておらず、少量をアフリカ.ヨーロッパから、また大量に東南アジア(主としてタイ)から輸入しています。この辺ではタイ湾は有数のイカの生産地で、丸でも、ロールでも、「げそ」ででも冷凍輸入されています。

経済水域外で日本が自分の手で獲れるのは外洋性のアカイカ科(スルメイカ類)です。しかし日本のスルメイカがそうであるように近似種のオーストラリアスルメイカ、ニュージーランドスルメイカ、カナダまついか、アルゼンチンまついか、などの種はたしかに一時期陸を離れて公海上に集まるので、経済水域と関係なく釣ることができますが、再生産の場はやはり陸棚上、経済水域内にある場合が多く、そうなると徹底してイカ群を追いかけることはできないうらみがあります。
そのような”半外洋性”のものとは異なり、陸に関係ない生活史をおくるいわば”純外洋性”のアカイカやトビイカは公海上で漁業活動ができます。トビイカは太平洋からインド洋の暖水域にはどこでもいて、船に驚いて飛んだりしますが、あまり濃密な群れは作らないので人間の経済活動でもある漁業と結びつきません。それに比べるとアカイカは餌を求めてかなり冷たい方へも行こうとし、その時前線などに阻まれて次から次に来る群がそこに滞ってしまい大集群となるので、好い漁場が形成されます。そこで初めのうちはスルメイカと同様に釣られていましたが、大きな雌などは釣り上げるのが大変で、流し網で大量に漁獲され、それが加工用の需要をまかなっていました。ところがそこにサケや海鳥や海獣のからまる被害が出るというので前代未聞の国連決議のモラトリアムを迎え、再び釣りなどの方に転換を強いられる結果となりました。

資源に与える影響としては、一網打尽の綱より、あるサイズの特定種のみをごぼう抜きする釣りの方が良いのかもしれませんが、技術革新によりイカ群を探索したり、釣獲する能力は年々向上しています。現に沿岸のスルメイカが釣りのみで一時乱獲に陥った実績もあるほど性能がアップしているから油断はできません。
公海資源としてはまだ南半球に可能性を残しているように思えます。また国際協調の上、利用し得る沿岸資源は東南アジア、オーストラリア、アフリカ、カリブ海などに候補種があります。
日本近海でもいまだに新資源の開発が続けられています。例えば日本海に迷い込んだものを空釣りぐらいで釣っていたソデイカは、もっと上流の沖縄付近では近年かなり本格化した漁獲対象となっています。また、富山湾名産のホタルイカが、山陰地方では底曳によって漁獲利用されたり、身が軟らかいので顧みられなかったドスイカが再評価されるなど、なおイカ資源の未来は閉ざされていません。

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