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3.イカの体


図鑑で見るとどういうわけか、イカはみなひっくり返しに描いてあって足が空を向いている、という人がいます。実はそれはひっくり返しではなく図鑑の画法としては正しいのです。カブトムシの絵などでは必ず頭が上に描いてあるように、イカやタコもこれで頭が上に描いてあるのですから。動物はいずれも眼と口のあるところが頭部なのです。イカの目はよくご存知だと思いますし、口は例の「からす・とんび」という顎板のあるところです。カブトムシの絵でも胴が下になっているようにイカの図も内臓の入っている胴体が下に描かれています。カブトムシの絵と違うところは、カブトムシの脚は彼らの腹側についているのに、イカの足は頭の前(絵では上)についていることです。頭の前に足がついているからこそ、この仲間を「頭足」類というのですが、動物界広しといえども、このような足のつき方をしたものは他に例がなく(動物の足は腹側についているのが大原則)、筆者はいつもこれを神様の最も大胆なデザインといいます。

イカやタコの足は紛れもなく足ですが、その機能性(つまりものをつかまえる、抱く、まげ伸ばし自在)から「腕」といいます。われわれ人間の前足だってその機能性から「腕」といって誰も怪しみません。タコは八本、イカは十本と俗にいいますが、本当の腕はタコもイカも八本即ち四対なのです。それは背中(色の濃い方)から腹側(色が淡く漏斗のある方)へ向かって左右の第一腕から四腕なのです。タコの場合それで終わりですが、イカの場合は第三腕と第四腕の間から、ふつうの腕と異なり、裸の柄についた木の葉型の「手のひら」のある特別に長い腕が出ています。これを触腕といって区別します。コウイカ類ではこの触腕は生きている時は眼の下にあるポケットに畳み込まれているので八本の腕しか見えません(死ねば筋肉が緩んでだらりとのびます)。ヤリイカやスルメイカはそのようなポケットはありませんが、他の腕と同等ぐらいに短く縮めています。この腕は餌をとる道具で、釣り針もこの触腕を伸ばしてつかまえますが、イカが重いと触腕だけが切れて針について上がってきます。しかし触腕はイカの必需品かというとそうでもなさそうで、生まれた時はあっても大人になると何故か切れて無くなり八本足になってしまうタコイカとかヤツデイカというのがいるぐらいです。釣り糸にひっかかりながら触腕が千切れて一命をとりとめた大きなアカイカも、そのために餌がとれずに飢え死にということもなさそうに思えます。頭の腹側にある管は漏斗(「じょうご」のこと)といいます。それは外套口に包まれた内臓の塊の前方に生じる空所、すなわち外套腔に排泄される糞も、敵におそわれた時吐く墨も、卵一雄の場合)も精子(雄)も水もすべて出て行く総排出孔なのです。呼吸するために新鮮な水は外套膜の横の方のすき間から入り、外套腔の中にある鰓(えら)でガス交換をしますが、不用の水は漏斗から吐き出します。ポンプのように軟らかい外套膜をきつくしぼると水は勢いよく吐き出されウォータージェットになりイカを後(俗に「耳」と呼ばれるひれのついた方)へ急進させます。餌などにそっと近寄るため前進する時は漏斗を後に曲げて水を吐けば良いのです。方向転換もこれをひょっとこの口のように曲げれば自由自在で、漏斗はイカの重要な推進器官なのです。

頭にある眼は大きく、昆虫やエビ・カニのような複眼ではなく、魚の眼のような白眼・黒眼のある単眼です。高校の教科書にもイカの限はよく発達していて、人間など脊椎動物の眼に近い構造と能力があることが書かれているほど、無脊椎動物の中では最も「良い眼」をしています。イカの素早い動きは、神経節が集中肥大して頭の中の「脳」と呼んでいいほどの発達(だから「脳」は軟骨の頭蓋骨に被われてさえいる)と、この「良い眼」によって可能となったものと見られます。外套膜はちょうど頭にすっぽり三角帽子をかぶったような型でつながっています。帽子で被われた頭の後を便宜上「頸」といっていますが、イカ料理をする時、頭と外套膜を持って引っ張ると、他愛もなく内臓が引き抜けますが、この時頸のところに僅かにぷちっとボタンの外れるような抵抗があります。よくみるとまさに外套膜の内臓にあるボタンと合うボタン穴のような構造の軟骨が、漏斗の左右にあって、ここがぷちっと外れるところなのです。
外套膜の中はスルメイカなら大きな肝臓が眼につきますが、その下側に直腸と墨袋がのっています。食道は背側を通りますが、その入り口、すなわち口は八本プラス触腕、計十本の腕の中央にあります。口にはよく知られる「からす・とんび」と呼ばれる顎板があって、□の中にはミクロな「おろし金」状のリボンすなわち「歯舌」という軟体動物特有のそしゃく器官を持っています。


イカの消化管はきわめて単純で食道が後方へ走り、三角帽子状の外套膜のふくろの最後端付近にある三角形の胃に達し、すぐ前向きの腸・直腸・肛門に至ります。墨袋の開口部は肛門のすぐうしろにあって、出口に括約筋があるので自分で墨を吐くタイミングや量を調節できます。イカを腹側からさいて見ると先ほど述べた肝臓の両側に水にぬれた鳥の羽のようなえらが一対あります。イカはあんな素早い運動をする動物なので酸素がいっぱい必要となるため、もともとの心臓一個ではポンプ能力が不足らしく、各えらの根元に別あつらえのポンプ(鰓心臓という)がついています。イカを解剖しても、鰓心臓はだれにでも見つかりますが、本当の心臓はなかなか見にくく、太い血管をたどると根本にある三角形のうすい膜からできた小さな器官なのです。血管がよくみえるようにイカ・タコ類はほとんど閉鎖血管系で、貝類の開放血管系とはここでもちがいます。血色素は銅イオンを含んでいるので青い血で、時として加工されたイカの肉がうす青っぽくなっているのはそのせいなのです。

イカは神経が太いので、医動物学の実験材料に珍重され、医学関係の人がイカを飼うのにいっしょうけんめいになっている場合がありますが、それは神経を得んがためです。それを実見するのは頸から外套膜をはずすとき、背中側の、いうなれば頸の付根付近の外套膜側をみると、放射状に神経を射出した不透明の大きな神経節が見えます。小さい動物の神経や神経節をみるのは高度な解剖学で、神経だけ染めたりしなければ熟練しない人にはなかなか見えませんが、ここのイカの星状神経節は肉眼サイズです。
イカは雌雄異体です。次節で述べるように雄は種によって決まっている一本ないし二本の腕が「交接腕」に変形しているから、外から雌雄がわかるが、もっとよくわかるのは腹をさいて体の内の生殖巣をみることです。

雌の場合、卵巣は外套膜の後端の三角帽のてっぺんにあります。そして卵を外に産み出す時くるむ粘液のひとつを分泌する包卵腺という器官が見えます。それは未熟な時は糸くずのようですが、熟すと大きくなって「白子」とまちがえる人もいます。さらに熟すと輸卵管もふくらみ、ここに卵が降りてきます。雄の場合、複雑な生殖器官は左側だけにしかありません。精巣は雌の卵巣と同じ位置にありますが、そこから出た精子を連ぶ管、貯めるところ、そしてそれを精包(次節)に装填する袋、精包を作る袋など入り組んだ塊をもっています。
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[出典]イカの春秋 付録「イカって何?−イカの生物学即席知識」:奥谷喬司著より抜粋(成山堂書店)
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